さよなら大阪松竹座─閉館に思うこと

大阪松竹座が2026年5月に閉館する。
関西の歌舞伎ファンのひとりとして、松竹座への思いを書き連ねてみようと思う。

松竹座に縁のある劇団やグループなど多くありますが、歌舞伎ファンの視点に偏って書いています。ご容赦いただけますと幸いです。

目次

わたしと松竹座

歌舞伎との出会い

わたしが歌舞伎に興味を持ったのは、短期大学生だったころ。
芸術系の短大だったためか、図書館には芸術に関する本が充実しており、中には歌舞伎の本もあった。ふと手に取った歌舞伎の写真集で、十二代目市川團十郎丈の海老蔵時代の写真に目を奪われた。

その写真集には十二代目團十郎丈の助六や獅子の写真が載っており、本当に美しかった。熱に浮かされ、ガラケーで写真を撮って待ち受け画像にした。
Illustratorというソフトを使う課題で、獅子のイラストを描いたりもした。

同時に、「歌舞伎を観てみたい」という気持ちがわいた。
実は高校時代に学校の芸術鑑賞会で歌舞伎を観ていたものの、当時は興味がなく、内容をまったく覚えていなかった。(今思うと本当にもったいない…)

実際に歌舞伎を観られたのは2008年。
松本幸四郎丈(現在の二代目松本白鸚丈)が地元の神戸文化ホールに来て、有名な『勧進帳』を上演すると知り、軽い気持ちで足を運んだ。

松竹大歌舞伎 西コース|巡業|歌舞伎美人

実際に観てみると、
歌舞伎の芝居の様式美、
衣装や舞台美術の美しさ、
そして歌舞伎役者に求められる技量の多さ(発声、芝居、踊りなど)に圧倒され、「面白い!」と一気に虜になった。

松竹座へ通うようになって

その後、神戸にやってくる巡業を観ているうちに、「どうやら大阪にある松竹座という劇場で歌舞伎を観られるらしい」と知った。

松竹座へ初めて訪れたのは、おぼろげな記憶だが2011年の團菊祭五月大歌舞伎だと思う。

当ブログ内の一番古い大阪松竹座の写真。2012年の六代目中村勘九郎丈襲名披露公演

それ以来、わたしの歌舞伎ファンとしての生活の中に、松竹座はずっとあった。

関西には京都南座もあるが、以前は神戸市の山奥に住んでいたわたしに南座は遠く、松竹座へ足を運ぶことのほうが多かった。
関東にお住まいの歌舞伎ファンの方にとっての歌舞伎座が、わたしにとっての松竹座だったのだと思う。(たぶん。)

松竹座で古典歌舞伎や新作歌舞伎を観て、
片岡仁左衛門丈や坂東玉三郎丈の美しさ、
そしてそれ以上にすばらしい芸に感激し、
数多の歌舞伎役者のファンになり、
襲名を寿ぎ、
OSK日本歌劇団のファンになってからは、歌舞伎以外の舞台も観るようになった。

松竹座へ行けば元気になれた。

松竹座がなくなるということ

2025年ごろ、2階売店エリアの女子トイレに残っていた和式便座が、洋式にリフォームされた。
和式の便座は敬遠されやすいらしく、それがトイレの待機列を長くさせる原因にもなっていたので、全て洋式になったことを素直に喜んだ。

しかし、それからまもなくして松竹座閉館のニュースを知り、「なんで!?」とショックを受けた。
トイレをリフォームしたことから「松竹座はこれからも当たり前のように存在し続ける」と、勝手に思い込んでいたのだと思う。だから、閉館するという話がにわかには信じられなかった。

しかし、どんなに良い芝居がかかっていても、松竹座の歌舞伎公演は空席が多かった。
わたし自身も子どもが小さいこともあり、ひとつの公演に一回くらいしか行けなかった。

道頓堀の地価の上がり具合などを考えると、劇場運営にかかる費用も馬鹿にならないのだろう。
もっと観劇に行けばよかったと悔やんだり、いや、いちファンが何度も観劇したところでたかが知れている……などと、ぐるぐる考えてしまう。

ともあれ、歌舞伎ファン人生の中で最も長く時間を過ごした松竹座がなくなるという事実は、本当にさみしい。

わたしのようなただのファンでこれなのだから、出演された経験のある方々、松竹座で働いておられるスタッフの皆さま、ご関係の方々の心中はいかばかりか…と思う。

実は最近、やっと「上方歌舞伎と江戸の歌舞伎は違う」と、はっきり感じられるようになった。

関西にいると上方の演目を見ることが多く、柔らかい言葉遣いや、はんなりとした芝居を当たり前のように感じていた。
しかし、八代目菊五郎丈の襲名披露で『弁天小僧』を観た時(2025年南座の顔見世興行)、テンポのいい芝居やカラッとしたせりふ回しを聞いて、「上方の歌舞伎と違う」と突然思った。

上方歌舞伎と江戸歌舞伎は違うと頭ではわかっているつもりだったし、今までに東京の歌舞伎座の舞台映像もたくさん観ているのに、だ。

そして、東京に比べて歌舞伎を上演する頻度が少ない関西において、歌舞伎を上演できる松竹直営の劇場がひとつなくなることが、上方歌舞伎にとってどれほど大きな損失なのか? 想像するようになった。

御名残大歌舞伎のこと

松竹座最後の歌舞伎興行である御名残大歌舞伎公演は、4月夜の部と5月昼夜を観劇した。
どの演目もすばらしかったが、最も印象に残っているのが4月夜の部の『寺子屋』だ。

自分の子を犠牲にして忠義を尽くす話であり、時代背景の違いもあって、松王丸の行動に共感はできない。
それでも、仁左衛門丈の芝居を見ていると、松王丸の感情が伝わってきて、泣けて仕方がなかった。その場にいた孝太郎丈、幸四郎丈、壱太郎丈も素晴らしく、心に残った。

芝居の内容以外のことで、少し言いたいこともある。

チケットの料金はやはり高い。
一等席だと26,000円。前年の南座顔見世興行と同じ金額なのだ。

出演者をはじめ、多くの方が関西以外の土地から来ているであろうことを考えると、高額になるのは仕方ないのだろう。でも、気軽に買える値段ではない。
わたしは予算が厳しかったため、観る回数を確保することを優先して、どの回も3階席から鑑賞した。

また、松竹歌舞伎会(※)におけるチケットの先行発売日に関しても、あまり納得できていない。

※松竹歌舞伎会⋯松竹株式会社が運営する会。会員はチケットの優先販売などのサービスを受けられる。

これまで関西では、松竹歌舞伎会の会員ランクに関係なく、チケットが同じ日に発売されていた。
それが、御名残大歌舞伎公演は東京と同じように、会員ランクによって発売日が分かれたのだ。

東京に比べると関西は歌舞伎の興行本数が少ないため、関西だけで歌舞伎を観ていると、通常会員のままランクアップしない人が多いのではと思う。
しかしランクごとに発売日が変わると、特別会員とゴールド会員のほうが発売日は早いため、通常会員は少し出遅れることになる。

もとはといえば通常会員のままでいた自分に原因はあるし、今回ランクによって発売日を変えた背景には、さまざまな事情があるのだろう。

ただ、通常会員がチケットを買える頃には5月の千穐楽はすでに空席がなく、選ぶという選択肢すら手に入れられなかったことは心残りだ。

これからも大阪で歌舞伎を

松竹座の建物は取り壊しが決まっているが、この先も道頓堀に芝居小屋を残せるよう、松竹と大阪府市が協議するらしい。

最近の道頓堀の雰囲気を見ていると、芝居小屋を作るのに適した土地なのかどうかは正直わからない。とても混雑しているし、個人的には観劇以外であまり長居したくない場所になっている。

それでも、若い世代の人が歌舞伎に触れられるよう、ぜひ大阪に歌舞伎を上演できる芝居小屋を作ってほしい。
いち歌舞伎ファンとして、今後の推移を見守りたいと思う。

最後に。
松竹座、ありがとう。また会う日が来ることを願いつつ、さようなら。

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